ヤマトから貰ったカードを矯めつ眇めつ眺めて、ほうっと溜め息を漏らした。

明日は3月14日、言わずと知れたホワイトデーだ、しかし―――

「どうしたもんかな」

カードは2月15日にヤマトから贈られた。

あの時の、君が教えてくれないから、と、拗ねた口ぶりを誰か聞いたら耳を疑うに違いない。

今更のように随分好かれたもんだなあと思う。

とにかく、2月14日のバレンタインデー、あちこちから贈り届けられたチョコレートの山を前に、毎年恒例の行事と嬉しく思う反面、どう処理したものか考えあぐねる天人と、そんな天人にからかい半分、嫉妬半分でちょっかいを出していたダイチが仲良く騒いでいたら、聞きつけたヤマトが部屋を訪れて、色々と厄介なことになってしまった。

 

―――回想―――

「天人、何をしている、それはどうした」

「チョコレートだよ、貰ったんだ」

「ムカツクだろぉ?コイツったらモテ男ぶりを遺憾なく発揮しちゃってさあ」

「そうか、それはともかく、何故これほど大量のチョコレートを贈られたのだ、君の好物か?」

「あれ、やっぱり俺はさらりとスルー、ハハハ」

「違うよ、今日はバレンタインデーだから」

「バレンタインデー?」

「知らない?」

「知っている、聖バレンタインの功績を讃えた記念日だろう、しかし、聖人とチョコレートの関わりが見えてこないが」

「そこまで知ってるのに国内のイベントに疎いってヤマトらしいな、ある意味凄い」

「君に賞賛されるようなことなのか?ならばもう少し詳しく講義してやろうか、当時ローマでは時の皇帝により兵士の婚姻を禁じられて」

「ちょ、ストーップ!天人、ちゃんと教えてやれっての!あのなあ、バレンタインっていうのは」

―――回想終了―――

 

そんなこんなで日本におけるバレンタイン事情を知ったヤマトは、その場は「くだらん」と立ち去ったものの、日付が変わる頃になって天人にカードを手渡したのだった。

ヤマト曰く「2月15日はかつてルペカリア祭が行われていた、この日は多く恋人の生まれる日であったらしい、であれば、14日はともかく、こうしたものは15日に贈る方が意図的だろう、私の想いをよく酌むように」だそうで、まあ、いちいち格好をつけなくても既に関係は育まれているのだけれど、意外にミーハーなヤマトの本音はイベントに便乗してみたかっただけに違いない。

そして、ついでに色々奪われた。

加えてダイチが余計な話をしていたせいで、明け方になり部屋を去る間際、ヤマトから「ホワイトデー、楽しみにしている」と期待の篭った言葉を告げられたものだから、余計な心労の種が増えてしまった。

(実力主義になって、俺も仕事が山積みだってのに)

創世に伴い人々の意識が変革されても、こういうイベントは残ってしまうものらしい。

返礼が無ければ、大和はきっと荒れに荒れるだろう。

そしてその被害は、天人本人は元より、周囲にも大いに及ぶ、それくらいは平然とやってのける男だ、付き合いは短いけれど、ヤマトの性格は既に重々承知している。

そういえば、と、ふと思い立ち、手元の端末を立ち上げた。

バレンタインにちなんで様々なイベントが各地で行われたらしい、その中に何かヒントになりそうなものはと目ぼしい情報を漁っていた矢先、天人の瞳がキラリと輝いた。

ここは天人専用の執務室、そして、夜になれば寂しがり屋の暴君が甘えにやってくる部屋でもある。

絶対明日の話をしに来るに違いない、いや、暗に仄めかしまくるだろうと、対策を行いながら、天人は後の諸々に想いを馳せる。

日付が変わる頃、案の定ノックの音が響き、返答を待たず自動式の扉が開いた。

遠慮なく入り込んでくる姿に思わず苦笑いを浮かべながら、処理を終えて端末を閉じる。

「仕事か、天人、熱心だな」

スラリと背の高い姿、外見だけなら非の打ち所の無い美形、口元に淡い笑みを滲ませて、余人には決して晒さない穏やかな表情に僅かな疲労が窺えた。

―――ヤマトもずっと気を揉んでいたのかもしれない。

稀に見せる歳相応の様子に愛しさを覚えながら、天人は執務机の椅子から立ち上がった。

「違うよ、ヤマト、お疲れ様」

「ああ、疲れた、君に労って貰いに来たぞ」

「そうか、じゃあ、まずどうして欲しい?」

「とりあえず膝を貸せ」

高圧的なおねだりを受けて、天人は笑いながらソファに腰掛ける。

こうしてヤマトが訪れたなら、余程の事が無い限り、今日はどこからも連絡など入らないだろう。

早速わざとらしい口調で日付の話を切り出すので、こちらも額に手を当ててやりながら惚けて答える。

焦れる様子がおかしくて、しっとりとした雰囲気の部屋で、秘めやかな天人の笑い声が暫く続いた。

 

 翌日―――

世界の命運を賭けて共に戦った仲間たちや、配下の多くが周囲でハラハラと見守る中、式典用の広間でスタンド型のテーブルを挟み向かい合う二人の姿があった。

「これはどういった趣向だ、天人」

この世の頂点に君臨する、至高の強者と成った峰津院大和が腕組みしながら尋ねると、その片腕とも、影の支配者とも呼称される白羽天人はフッと笑う。

日頃より仲睦まじく世界中の利権を牛耳る二人の、思いも寄らない対立に、周囲は固唾を呑んで見守っている。

「ヤマト!」

天人は、ヤマトに人差し指をピシリと突きつけた。

背筋をピンと伸ばし立つ姿は堂々として、非常に勇ましい。

「この間のバレンタイン、心の篭ったプレゼントをありがとう!嬉しかった!」

―――「は?」と、周囲の声が意図せず幾つか重なる。

「そうか」

ヤマトはフワリと髪をかき上げると、嬉しそうに「何よりだ」と微笑んだ。

「私からの心尽くしを喜んでくれるか、天人、ならば、今日この日を選んで私を呼び出した意図は、つまりそういうことなのだな?」

「ああ、そうだ」

青い瞳がヤマトを見詰める。

濃灰色の瞳も天人を見詰めている。

間に漂う緊張感と、ちぐはぐな会話内容に、既に周囲には混乱が広がり始めていた。

「それで?」

ヤマトに問われた天人が静かに頷き返す。

「俺は、お前に、この熱く滾る胸の想いを伝えたい」

「そうか、なるほど、昨晩はぐらかした理由はこれか―――流石天人、観客まで用意するとは恐れ入る、であれば遠慮はいらんぞ!さあ!存分に私への愛を」

「いいや、まだだ!」

話の途中で差し込まれた鋭い一言に、ヤマトは顔を顰めて「何だと?」と呟く。

「単純に言葉にするだけでは、俺の想いの全ては到底お前へ伝わりはしないだろう」

「フッ、そのような杞憂は不要だ、天人、しかし、ならばどうするというのだ?」

「デュエルだ、ヤマト!」

ヤマトが反応するより早く、外野からダイチが「デュエルう!?」と素っ頓狂な声を上げた。

「フハハ!これはまた酔狂な提案だ!」

奥歯が覗きそうなほど大口を開けてヤマトが楽しげに笑う。

「さすが私の君、洒落た演出だな、ならば手段を決めようか、チェスか、将棋か、悪魔を喚ぼうか?それとも、よもや古来伝統の様式に乗っ取り、剣などという事は」

言葉は不要とばかりに天人は一冊の書籍をヤマトに投げつけた。

こともなげに受け取ったヤマトは、ページをパラパラとめくって中に目を通しながら、これは何だと不審気な声を漏らす。

「それは、デュエルモンスターズの公式スターターブックだ」

「あ、天人!」

外野で再びダイチが喚く。

「―――読んで戦いの基本を覚えろ」

「あ、天人ってばよ!」

「一時間やる、お前なら出来るはずだ、ヤマト」

「ちょ、コラ、無視すんなぁ!」

「フッ、面白い!」

パシンと勢い良く本を閉じながら、広間に意気軒昂としたヤマトの声が響き渡った。

「なにやらよく分からんが、これで勝敗を決しようというのだな?よかろう!君の提案ならば乗ってやる!首を洗って待っているがいい!」

なに、一時間も待たせんよと、濃い灰色の瞳がキラリと煌めく。

「勝利は常に私と共にある、それが世の道理、君を速やかにねじ伏せ想いの全てを吐き出させてやろう、楽しい一時になりそうだ、天人よ!」

「今の言葉、確と聞いたぞ」

「ああ聞くがいい、そして胸に刻みたまえ、君の愛する私の雄姿を!そして、君に捧ぐ我が想いの全てを!」

「どさくさに紛れてとんでもない事言いやがったああああ!」

天人はクルリと振り返り、「外野、うるさい!」とダイチを一喝する。

しかしダイチはめげずに噛み付いてきた。

「お、おま、てかデュエルって、あのデュエルかよ!」

「当たり前だ、古今東西、デュエルと言えば他に無いだろう」

「そ、そんなわけあるか、あと何気に主人公っぽい喋り方してんじゃねえっつの!」

「俺はいつでも主人公だ」

「待て!落ち着け!てかそうだけど!その通りだけど!そうじゃなくってね、何故にデュエル?」

「面白そうだから」

「はいー?」

傍らに居たイオが「落ち着こう、志島くん」とダイチの背を擦る。

「天人くんも色々考えてるんだよ、多分」

「いやいやいや、今回に限ってそれはナイ!アイツ絶対悪乗りしてる!デュエルって、お前、小学生じゃあるまいし、何考えてんだ天人!」

「文句はデュエルに勝ってから言え」

「うぐ!」

ダイチは急に小声になって、そりゃー俺はお前に一度も勝ったこと無いけどさあ、と項垂れた。

隣のイオが気遣うような眼差しで生ぬるく見守っている。

天人は二人から視線を大和に戻して、おもむろに携帯電話のアラームをセットした。

―――数十分後。

宣言どおり、アラームが時を告げる前に閉じた本を投げ捨てて、ヤマトが不敵な笑みを浮かべる。

「さて、天人、こちらの用意は整った、無論覚悟は良かろうな?」

「当然だ」

再び天人が投げて寄越した、今度は四角い小箱を、やはり見事なキャッチ力で受け止めて見せると、ヤマトは物を確認してホウと声を漏らす。

「公平を期するため、お互い、未開封のスターターデッキを使用する、お前が先行でいい、ヤマト」

「フン、本当にいいのか、天人」

ヤマトの挑発に、天人もフッと強気の笑みを口の端に滲ませた。

「ヤマトは初心者だからな」

「―――その言葉、いずれ後悔する破目になろう」

「デュエルは、賭ける想いと時の運、それのみが唯一勝敗を分ける」

「ならば尚更!この勝負、既に私が貰ったぞ、天人!覚悟するがいい!」

「お喋りはそこまでだ、ヤマト!」

デュエル!

カードを互いに抜き放ち、デュエリスト同士の戦いの合図が広間に響き渡る。

いつの間にか倍以上に膨れ上がったオーディエンスが呼応して熱狂的な声を上げた。

自らのデッキを信じ、胸に滾る熱い想いを馳せて、少年達はぶつかり合う―――それぞれの愛のため。

既に状況について行けずグッタリしているマコトの隣で、フミがヴァーチャルデュエルシステムの構想を思索していた。

そして―――放置された格好のダイチは、イオに声をかける。

「あ、そういえば、新田しゃんも天人にチョコあげたのよね?」

「あっ、う、うん」

「そ、そっかあ、アハハ、アハハハ―――えーっと、それでその、天人からのお返しは?」

「女の子全員、もう貰ったよ」

「ふえ、そうなの?」

「うん、手作りのクッキー、凄く美味しかった」

「へえ〜」

やはり抜け目なく、そして、悪乗りしている。

激闘を繰り広げる親友と、愛し愛される間柄の男の姿を遠目に眺めながら、ダイチは深いため息を漏らしたのだった。

 

 

※今回、天人とヤマトの声はそれぞれ宮下さんと星野さんでお願いします、アクセラレイション!